先生のための予習
金融教育が必修になっても、それを教える側が金融を体系的に学んでこられたとは限りません。このページは、専門でない先生が最初に読むためのものです。
ここを読めば足ります
下の8項目は、どの単元にも顔を出す土台です。これだけ押さえておけば、児童からの質問にも答えられます。各単元のページには、さらにその単元固有の背景知識と想定問答を置いています。
その前に:心構え
知識より先に、これを共有できていると授業が楽になります。
専門家である必要はありません
金融の専門家でなくても、この単元は教えられます。むしろ「先生も一緒に学んでいる」という姿勢のほうが、児童には届きます。分からないことを「分からない、調べておく」と言えることのほうが、正確さの担保になります。
答えを配るのではなく、考え方を渡す
この教材は「何を買うべきか」を教えません。教えるのは、判断するための枠組みです。だから、先生が投資経験を持っている必要も、正解を持っている必要もありません。
意見が分かれることは、分かれると言ってよい
経済の分野には、専門家の間でも決着していない論点があります。「はっきりした答えが1つあるわけではない」と正直に伝えることは、ごまかしではなく誠実さです。むしろ、断定しない態度を見せること自体が教育になります。
家庭の経済状況の差に配慮する
教室には、経済的に厳しい家庭の児童も、資産のある家庭の児童もいます。おこづかいの額や家庭の収入を発表させる場面は作らないでください。各単元のワークは、架空の予算や共通のデータを使う設計にしてあります。
不安で終わらせない
将来の必要額を計算すると、児童は不安になります。必ず「では何ができるか」まで扱ってください。時間をかけられること、制度があること、支出そのものを選べること。この3つを示すだけで、着地がまったく変わります。
勧誘にならないように
特定の金融商品、証券会社、サービスを紹介する形にはしないでください。仕組みの理解までにとどめるのが、公教育の場での安全な線引きです。この教材が特定の商品を扱わないのは、そのためでもあります。
押さえておく8項目
上から順に重要度が高い順です。時間がなければ、1つ目だけでも読んでください。
- 1
リスクは「危険」ではなく「ふれ幅」
なぜ重要か:これがいちばん重要です。日常語のリスク(危険)のまま教えると、あとの単元がすべてずれます。逆に、この定義さえ伝われば、詐欺への耐性も分散の意味も自然につながります。
押さえておく中身
- 金融でいうリスクは、リターンのばらつき(統計でいう標準偏差)を指します。上にも下にも振れる、その幅のことです。
- したがって「リスクが高い」は「危ない」ではなく「大きく増えるかもしれないし、大きく減るかもしれない」という意味になります。
- リスクとリターンは対になっています。高いリターンは、大きなふれ幅を引き受けた対価です。
- だから「元本保証で高利回り」は、定義上ありえない組み合わせになります。
児童に伝わる言い方の例
「リスクって、危ないって意味だと思ってる人が多いけど、お金の世界では『どれくらいブレるか』のことなんです。上にも下にもブレる。だから、大きく増える可能性があるものは、必ず大きく減る可能性もセットになっている」
- 2
名目と実質のちがい
なぜ重要か:「金額が減っていない=損していない」という誤解を解く鍵です。この区別がないと、物価の単元も、老後資金の話も、正確に扱えません。
押さえておく中身
- 名目とは、表示されている金額そのもの。実質とは、物価の変動を除いた値です。
- 給料が3%上がっても物価が3%上がっていれば、実質では変わっていません。
- 預金は名目では減りませんが、物価が上がれば実質では目減りします。
- 2020年から2025年の5年間で、日本の消費者物価は約12%上がりました。2020年の10,000円は、2025年には約8,937円分の購買力になっています。
児童に伝わる言い方の例
「お金の額は変わっていないのに、買えるものが減ることがあるんです。お金の『数』じゃなくて『買える量』で考えると、預金も減ることがある」
- 3
複利は指数関数、そして両刃
なぜ重要か:数学とつながる部分であり、児童が最も驚く部分でもあります。同時に、借金にも同じように効くことを必ず対で扱う必要があります。
押さえておく中身
- 元本 P、年利 r で n 年後は P(1+r)^n。等比数列・指数関数そのものです。
- グラフは直線ではなく、後半で急になる曲線になります。だから期間が長いほど効きます。
- 72の法則: 72 ÷ 利率(%) ≒ 2倍になる年数。ln2 ≒ 0.693 を切りのよい数に丸めたものです。
- 同じ仕組みが借金にも働きます。しかも借入金利のほうが高いため、そちらのほうが速く膨らみます。
児童に伝わる言い方の例
「最初の数年はほとんど差がつかないから『効いてない』と感じるんだけど、20年、30年たつと一気に開く。だから『金額より期間』と言われるんです。ただし、借金でもまったく同じことが起きます」
- 4
分散で消せるリスクと、消せないリスク
なぜ重要か:「分散すれば安全」という誤解が非常に多い部分です。何が消せて何が消せないのかを分けて理解しておく必要があります。
押さえておく中身
- 個別の企業に固有のリスク(不祥事、業績悪化など)は、多くの企業に分けることで薄められます。
- 市場全体が下がるリスクは、分散では消せません。2008年には世界中の株式が同時に下がりました。
- 分散は「1つの失敗で退場しないため」の仕組みであって、下落を防ぐ仕組みではありません。
- サイコロを1個振るより5個振ったほうが平均のばらつきが小さくなる、という大数の法則と同じ原理です。
児童に伝わる言い方の例
「1社に全部かけると、その会社が失敗したら終わり。100社に分けておけば、1社が失敗しても100分の1で済む。ただし、世の中全体が悪くなったときは、分けていても一緒に下がります」
関連する単元:7. ふれはばと もうけ - 5
公助・共助・自助の3層
なぜ重要か:「自分で備えなければならない」という話を、社会保障の否定と混同させないために必要な枠組みです。自助は土台の上に乗っている、という位置関係が要点です。
押さえておく中身
- 公助=税による社会保障。共助=社会保険(年金・医療・雇用・介護)。自助=貯蓄や資産形成、民間保険。
- 公的年金は賦課方式です。現役世代の保険料が、そのときの高齢者の給付に充てられます。「自分の積立が返ってくる貯金」ではありません。
- 2024年の財政検証では、現役世代の手取りに対する年金の比率(所得代替率)は61.2%から50%台へ下がる見通しが示されています。「もらえなくなる」ではなく「水準が下がる」です。
- したがって自助の必要性は上がりますが、それは公助・共助が無くなるという話ではありません。
児童に伝わる言い方の例
「全部を自分で背負う必要はないんです。税金と社会保険という土台があって、その上に自分で用意する分が乗っている。ただ、土台が少しずつ薄くなる見通しなので、上に乗せる分が増える、という話です」
- 6
累進課税で「手取りが減る」ことはない
なぜ重要か:大人でも誤解している人が多い部分です。児童から質問が出やすく、間違って答えると訂正が難しくなります。
押さえておく中身
- 所得税は超過累進課税です。区分を超えた部分にだけ、高い税率がかかります。
- 課税所得が330万円を1円超えても、その1円に20%がかかるだけで、330万円までは10%のままです。
- したがって「年収が上がって税率区分が変わると手取りが減る」ということは起こりません。
- 一方、社会保険料の扶養の基準(いわゆる年収の壁)では、境界を超えると手取りが減る局面が実際に存在します。混同しやすいので分けて説明してください。
児童に伝わる言い方の例
「税率が上がるのは、超えた分にだけです。全部にかかるわけじゃない。だから、給料が上がって損することはありません。ただし、扶養の基準の話は別で、こちらは境界で減ることがあります」
関連する単元:9. 税金と、みんなで支えるしくみ - 7
「誰が得をするか」を見る習慣
なぜ重要か:情報の真偽を1つ1つ検証するのは、大人でも困難です。発信者の利害を見る習慣のほうが、実用的で応用が効きます。
押さえておく中身
- 情報を評価する前に、発信者が何を得るのかを見ると、偏りの方向が予測できます。
- 売り手の説明が嘘だとは限りません。ただ、都合の悪い部分が省略されやすくなります。
- 「数字の出どころはどこか」「反対意見はあるか」を加えた3つの問いで、大半の判断ができます。
- この習慣は金融以外にも使えます。情報Iの「情報の信頼性の評価」と直接つながります。
児童に伝わる言い方の例
「その人がうそをついているかを見破るのは難しい。でも『この人はこれを言うと何が得なんだろう』と考えるのは、わりと簡単にできます。まずそこから」
関連する単元:10. だまされないために - 8
「じゃあ、何を買えばいいの?」と聞かれたとき
なぜ重要か:資産形成を扱えば、ほぼ確実にこの質問が出ます。答えを用意していないと、その場の判断で商品名や証券会社の名前を口にしてしまいがちです。教員が言えば、児童にとってはそれが推奨になります。あらかじめ返し方を決めておくと、授業が安全になります。
押さえておく中身
- この教材は「何を買うか」を扱いません。扱うのは、自分で判断するための枠組みです。答えを持っていないことは、準備不足ではなく設計です。
- 特定の商品や口座を挙げると、学校が投資勧誘をしたと受け取られかねません。児童の家庭の状況も、必要な時期も、一人ひとり違います。
- 「先生はやってるんですか」も同じ質問の形を変えたものです。教員個人の運用を答えると、それが手本として伝わります。答えないことの理由まで説明すると、児童は納得します。
- 質問を突き放さないことが大事です。「答えられない」で終えず、判断に必要な材料(コスト、分散、期間、リスクの意味)に話を戻します。
- 具体的な相談先はあります。日本版金融経済教育推進機構(J-FLEC)の無料相談や、金融庁のウェブサイトの情報を案内できます。
児童に伝わる言い方の例
「それは先生が答えちゃいけない質問なんです。先生が『これ』って言ったら、みんなそれを買っちゃうでしょう。でも、みんなの家の事情も、お金が必要になる時期も、全部ちがう。だから答えは人によってちがいます。かわりに、決めるときに何を見ればいいかは教えられます。手数料、分散しているか、いつ使うお金か。この3つは今日やったことでもう分かるはずです」
読んでおくとよいページ
本サイトの大人向けページのうち、授業の準備に直接効くものです。
- リスクとは何か
8項目のうち3つ(リスクの定義、リスクとリターン、分散)がここに集約されています。まずここを読めば、単元7が教えられます。
- なぜ投資という話になるのか
金利・物価・年金という3つの前提の変化を扱っています。単元4と単元9の背景になります。
- だまされないために
単元10でそのまま使える内容です。相談先(消費者ホットライン188)もここに書いてあります。
- 物価のデータ
単元4のワークで使う実データです。印刷して配布できます。
- 公的年金の見通し
「年金はもらえるのか」という質問に、公式資料に基づいて答えられるようになります。
- 積立シミュレーター
単元6で教室のスクリーンに映すと、条件を変えたときの動きをその場で見せられます。
それでも分からないことが出てきたら
児童からの質問に答えられなかったとしても、それは失敗ではありません。「調べておく」と言って次の時間に持ち越すほうが、あいまいに答えて誤りを植えつけるより、はるかに良い対応です。
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目指しているもの
このサイトに沿って授業を進めれば、児童も、そして教える側も、必要な水準に届く。そういう状態を目指して作っています。教材が足りないことが金融教育の障害になっているのなら、そこを埋めたいと考えています。
授業で使う方へのページに、教科別の対応表と時間数別の構成例があります。